• Happy Life Cafe 野田ユウキ

愛とは・・・なんだ?【Happy night通信 vol.309】




さて、昨日に引き続き


恋とか愛とかについて少し書き起こし置こうとおもう。




昨日は「恋とは?」本能を満たすことで得られる喜びの記憶的なことを書いた。→前回の記事




本能とは



命を育み、バトンタッチし続けることだから


性的なことになる。


性とは命だからだ。





今日は「愛とは・・・?」について


昔ぼくが考えた定義がある。




・距離の影響されない


・時間の制約もない


・時代の制約もない


・モノにも生じる感情


・男女関係なく生じる


・対価を求めずに与えること


・信じること


・祈ること


・抱きしめること


・許すこと

20代で恋愛に悩み、苦しみ




何百冊って心理学、哲学書、古今東西の詩集、映画なども


繰り返し、観て、読んで体験と照らし合わせて


この答えにたどり着いていた。




今でも基本表面的な意味合いはこれらであってると思う。



最近は犬飼ターボさんのセミナーでこんなコトバを聞いた



「愛とは欲求が満たされた喜びの記憶」 




スピリチュアル的な気付きのぼくの定義もあるけれど


それはいづれ書くとして


これなかなか的を得てると思う。





きっと、、、個人的にはこの答えにたどり着く必要があったんだと思う。




さて、、、ここまでの話をベースに、


自分で胸に手を当てて聞いてみると良い






1.自分を愛しているか?


2.家族を愛しているか?


3.妻、旦那を愛しているか? 


4.親を愛しているか?


5.自分の仕事を愛しているか? 


6.部下を愛しているか?


7.仲間を愛しているか?


8.お金を愛しているか?


9.自分の家を愛しているか?


10.自分の持ち物と愛しているか?


11.彼、彼女を愛しているか?


12.


13.


14.


・・・・・・


さて、どうだっただろうか?





ちなみに、、、ぼくは




全部YESなのだ(*^^*)


昔は自分の顔も声も性格も何もかもが嫌いだった(汗)(笑)


懐かしいぞと思う。





その頃の必死に自分探しをしていた自分のことも


いまでは、愛せているのだ。


大進歩だよね。





ちなみに、、、愛するとどうなるのか? 


暖かくなれる、身も心も暖かくなれる。


いろんなことやモノが輝いて観える。





自分の感情表現が豊かになる。



泣いたり、笑ったり、怒ったりできるようになる。 


 


これありがたい。




20代前半で、、、とんでもないくらい女性に傷つけられた記憶があった。1人は彼女に、もうひとりは母親にだ。




この記憶がもたらす弊害は大きくて、その後25年近く


本気で人を好きになれなくなっていた。


いつも傷つけられた記憶で


傷つくのが怖くて


100%なのめり込む恋愛にはなれなかった。


いつも偏ってた、、、


いつも疑っていた 、、


こんな俺のコトを好きになるわけがないって、、思ってた。





だから、愛を確かめたくて傷ついた。





その記憶がやがて溶けて目が覚め始めて





愛を求めている人たちが沢山寄ってくるようになった。


恋ではなく、愛を求めている


いままでは気づかなかった。


気づいたからどうしようとしているか?




愛することは努力が必要


最初は必要なんだ。




それは、、、愛がまぼろしだとTVや映画や


エネルギー闘争してる家族をみてるからそう思い込んでしまう。 


それらこそが恐れから産まれている現実でしかないと


気づけるか?




これが大きかった。




愛には、、、恐れが存在できない。


失うという恐れがない。


このあたり、またいづれ・・・





<まとめ> 


・愛とは恐れがない状態


・愛とは欲求が満たされた喜びの記憶 


さて、、、あなたはいまぼくの愛を感じているだろうか?